実は交際一週間で結婚式を挙げました!⑤私の結婚エピソード

 5月3日の夜に交際をスタートし、交際7日と10時間の交際で結婚式でした。

末期ガンの父はいつ危篤になるか分からない状態でしたが、父は本来、精神力がとても強い人だったので痛みや苦しみなどあまり訴えることなく、良く耐えていました。

 私は父から厳しく育てられたと思っていたのですが、今、振り返ってみると大切に育てられて、愛情受けていたのだなと思います。

 中高生の頃は、夜7時で帰宅が遅いと怒られたり、大学生になってもお泊り厳禁で、友人関係が壊れるといっては親子ケンカをしたりしました。些細なことで叱られたり、我慢をしたと思っていました。

 後年、自分が子供を育てるとそれらすべてが父の愛情、心配の裏返しや責任感だったと今は理解します。

結婚前夜、父へ「長い間、育ててくれてありがとう」 

 

 まだ精神的に幼かった高校生の頃、「ドラマでやっている結婚する前の日に親に三つ指をついて、恒例の挨拶あるけどあれ嫌だな。将来、やらくてもいい?」と父にたずねたことがありました。

 照れもあって父も「そんなのはいいよ」といってもらえる期待があったのですが、「挨拶もできない人間に育てた憶えはない」とピシャリと言われてしまいました。

高校生だったと思いますが、その時のことは忘れてはいませんでした。

 

 ただ現実の父は病院のベットで息をするのがやっと、酸素吸入をしながら痛みを堪えている状態です。強気で頑固でかくしゃくとした父がベットで横たわっていました。

 

 父は私たちに気付くと身体を起こし、「明日結婚式が終わったら、ウエディングドレスで来るね。」など話しました。父はうなずいているだけでした。

 私や主人、母が明日の話などをしているのを聞いていました。面談時間も終わり、帰る時間になりました。

 私はベットの脇で、三つ指をついて「お父さん、長い間お世話になりました。長い間育ててくれてありがとう。」と挨拶をすると、父はうなずき、感極まっていました。

呼吸が乱れ、苦しそうになって本当に申し訳なかったです。母が父の背中をさすり、「もういい、もういい」みたいなことを言われ、帰りました。

 

 この夜は結婚式の準備の披露宴の席次やプログラム、司会に渡す進行表などを作り、ほとんど徹夜で次の日の結婚式に臨みました。

 

交際一週間プラス10時間で結婚式 

 

 5月11日11時が結婚式のスタートでした。私たちの結婚記念日です。 

急なことでしたが30人を超える親類や友人が来て下さいました。遠方からも駆けつけてくれた友人も何人かいて、ささやかですが暖かくも厳かな式を神様の御前ですることができました。

 

 結婚式が終わり、私たち夫婦と母と義母、Yさんとタクシーで父の入院する病院に向いました。

とんぼ帰りで披露宴ですが、父とは30分ぐらい花嫁姿を見せることができました。

前日ほど父とは話しはできませんでしたが、初対面の義母やYさんにお礼を言って、「どうぞ今後もよろしくお願いします」と頭を下げてくれました。父も私も主人も母も義母もYさんも泣いていました。

 ナースの方たちも廊下に沢山きて、帰りは見送ってくれました。

 

「お父さん、苦しかったのに本当ありがとう」という思いと、父に主人や花嫁姿を見せてあげれたことで、娘としてわずかな親孝行ができたとも思いました。

ただ父の姿が病状だったこと、また本当に末期だったことで、その時、写した父の写真は20年近く見ることができませんでした。

 

 今は私自身が若い人の結婚をお手伝いしたり、子供たちも大人になったので、その時の父の気持ちが分かるようになりました。

 親として今世の使命や役割、責任を果せたという思いで、父自身が一番安堵して心残りやこの世の執着がなくなったと思えるからです。

  

  後日、Yさんがこの時、ウエディングドレス姿で病院へ行く私の姿が映画みたいだったといってくれました。

その後、料亭に戻りアットホームな披露宴をしました。あまりにも急な結婚だったので、そのお礼と感謝でいっぱいでした。なれそめやら交際のきっかけなどは、親類に心配をかけたくなかったので、あまり深入りしないようお願いしました。

 友人のスピーチでお互い、「へえ、そうなの?」という奇妙な新郎新婦だったと思います。

 

無事に結婚式を終え、父との別れ

 

 披露宴が終わり、父に「無事に済んだよ。」と報告をして、その日の内に二人で役所へ行って入籍を済ませました。

 翌日、父のお見舞いをしたのが最後の会話になりました。

 

結婚式から2日後、病院に行くと父の病室行く前に廊下で電話をかけている母と会いました。「もうお父さん、意識なくて・・親戚に今、電話しているところよ」と言われ、急いで病室に行きました。

 昨日と明らかに違う父でした。目が半眼で白目になっていました。次々と叔父や叔母などがやってきました。仕事だった上の兄は間に合いましたが、ハワイからやっと帰国した下の兄は、死に目には会えませんでした。

 母に頼まれ、父の身の回りのものを実家に取りに行くよう頼まれて、帰っている最中に父は息を引き取りました。丁度その時間、日中とても晴れていたのに、いきなりの夕立と雷が鳴りました。私にとって父は龍神の化身のような人だったので、今、天に帰ったのだなと思えた瞬間でした。

 

多くの目に見えない導きがある結婚

 

 振り返って、主人に「獅子奮迅(ししふんじん)花嫁だったよね」と言われました。あまり美しくも可愛くない感じですよね(笑)。ただ今思い返してもあの頃が一番仕事も出来て、気力体力もあったなと思います。

 

 結婚式も披露宴も手作り、招待の連絡、色々な準備や親せきの対応、母や友人、知人など多くの方にご協力をいただきながら、良くできたもんだなと思います。

結婚式、披露宴の準備は実質4日でした。やれば、できるもんです!

(でも、やっぱり良い子はマネしないでね♪)

 

 結婚は両親をはじめ、多くの人々の善念やご縁など目の見えない導きで結実するものだと思います。

それは決して私たちに限らず、結婚相談所でも卒業される一組一組にドラマがあり、奇跡のストーリーが必ずあります。本当はまだまだ語り尽くせない秘話もあるのですが、またの機会にしますね。

 

 私自身も結婚によって多くの学びや経験をいただいているように、これからも幸せな結婚のお手伝いをしていけたらいいなと思います♪ 

 

 

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